北山殿(金閣)を造立したのは?京都・観光文化検定(京都検定)三級過去問制覇!

【問題】北山殿(金閣)を造立した室町幕府3代将軍は誰か。

(ア)足利尊氏            あしかがたかうじ

(イ)足利義満             あしかがよしみつ

(ウ)足利義政             あしかがよしまさ

(エ)足利義昭             あしかがよしあき

京都・観光文化検定験 第10回 3級 第3問

【正解】

(イ)足利義満            あしかがよしみつ

丸暗記しましょう!

北山殿(金閣)を造立したのは室町幕府三代将軍 足利義満である。

足利義満

出典元 ウィキペディア

出典元 ウィキペディア

室町幕府第3代将軍(在職1368年 – 1394年)

父は第2代将軍足利義詮、母は側室の紀良子。

父の死後10才で家督を継ぎ、応安元年将軍に就任した。

成人後管領細川頼之を廃し親政を開始、南北朝合体や土岐・山名・大内氏の弾圧、明との国交回復に成功し、幕府権力を確立した。

出家後は鹿苑寺(金閣)を建立して北山文化を開花させるなど、室町時代の政治、経済、文化の最盛期を築いた。

義満が邸宅を北小路室町へ移したことにより、義満は「室町殿」とも呼ばれた。

のちに足利将軍を指す呼称となり、政庁を兼ねた将軍邸は後に歴史用語として「室町幕府」と呼ばれることになった。

北山殿(金閣寺)

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■正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)

臨済宗相国寺派の寺。相国寺の山外塔頭寺院である[1]。

元は鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。

建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築である舎利殿は金閣(きんかく)、
舎利殿を含めた寺院全体は金閣寺(きんかくじ)として知られています。

金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたと言われています。

義満の死後、遺言によりお寺となり、夢窓国師を開山とし、義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。

昭和25年(1950年)7月2日未明、放火により国宝の舎利殿(金閣)と安置されていた仏像等を焼失(金閣寺放火事件)。

再建費用として、政府や京都府からの補助金、経済界や全国各地からの寄付金など約3000万円(当時)が集められ、昭和27年(1952年)着工、昭和30年(1955年)竣工。同年10月10日に落慶法要が営まれ、創建当時の姿に復元されました。

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【所在地】京都市北区金閣寺町1

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