平安遷都と同時期に大内裏の南に造営された禁苑は?京都検定三級過去問!

【問題】平安遷都と同時期に大内裏の南に造営され、当時は広大な敷地に楼閣や釣殿などがあり、天皇・公家の遊宴や祈雨の修法が行われた禁苑はどこか。

(ア)神泉苑

(イ)楽水苑

(ウ)嵯峨院

(エ)閑院

京都・観光文化検定試験 第13回 3級 第24問

【正解】

(ア)神泉苑

丸暗記しましょう!

平安遷都と同時期に大内裏の南に造営された『神泉苑』には、当時、広大な敷地に楼閣や釣殿などがあり、天皇・公家の遊宴や祈雨の修法が行われた。

(法成就池)

出典元ウィキペディア

(方成橋)

出典元ウィキペディア

■神泉苑

延暦13年(794年)の平安京遷都とほぼ同時期に、当時の大内裏の南に接する地に造営された禁苑であった。

もともとここにあった古京都湖(古山城湖)の名残の池沢を庭園に整備したものと考えられ、当初の敷地は二条通から三条通まで、南北約500メートル、東西約240メートルに及ぶ、池を中心とした大庭園であった。

京都市役所の前の大きな通りを「御池通り」というのですが神泉苑の池から名前を取ったそうである。

季節を問わずまたどんな日照りの年にも涸れることのない神泉苑の池には竜神(善女竜王)が住むといわれ、天長元年(824年)に西寺の守敏と東寺の空海が祈雨の法を競い、空海が勝ったことから以後東寺の支配下に入るようになったという。

(神泉苑 境内図 )

出典元神泉苑公式サイト

神泉苑公式サイト

【アクセス】

●市バス/京都バス 神泉苑前下車 徒歩すぐ

●JR 二条下車 徒歩約10分

●地下鉄二条城前下車徒歩約3分

【所在地】京都市中京区御池通神泉苑町東入

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