西陣の名前の由来は?京都検定三級過去問合格ガイド!

【問題】応仁の乱(応仁・文明の乱)の際、現在の堀川立売近くに邸宅があった(             )が、西軍を率いて辺りに陣を構えたことから、後に一帯が「西陣」と呼ばれるようになった。

(ア)京極持清

(イ)細川勝元

(ウ)山名宗全

(エ)畠山政長

京都・観光文化検定試験 第13回 3級 第94問

【正解】

(ウ)山名宗全

丸暗記しましょう!

応仁の乱(応仁・文明の乱)の際、現在の堀川立売近くに邸宅があった 「山名宗全」が、西軍を率いて辺りに陣を構えたことから、後に一帯が「西陣」と呼ばれるようになった。

■山名宗全

出典元ウィキペディア

室町時代の武将、守護大名。

家系は新田氏庶流の山名氏。

室町幕府の四職の家柄で侍所頭人。

但馬・備後・安芸・伊賀・播磨守護。

応仁の乱の西軍の総大将として知られ、西軍の諸将からは宗全入道または赤入道と呼ばれていた。

💡応仁の乱の関連過去問はこちらをご覧下さい💁

↓           ↓           ↓

応仁の乱の勃発地は?京都・観光文化検定(京都検定)三級過去問

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする