【問題】冷泉家に伝わる「古今和歌集」「後撰和歌集」(いずれも国宝)を書き写した、小倉百人一首の撰者でもある人物はだれか。
(ア)藤原俊成
(イ)藤原定家
(ウ)藤原為相
(エ)藤原為家
京都・観光文化検定試験 第11回 3級 第80問
(イ)藤原定家
丸暗記しましょう!
「藤原定家」は、冷泉家に伝わる「古今和歌集」「後撰和歌集」(いずれも国宝)を書き写し小倉百人一首の撰者でもある。
【藤原定家 ふじわらの-さだいえ】
1162-1241 鎌倉時代の公卿(くぎょう),歌人。
応保2年生まれ。藤原俊成(としなり)の子。母は美福門院加賀。正二位,権(ごんの)中納言。京極中納言とよばれる。父の指導をうけ,後鳥羽(ごとば)院歌壇で活躍。「新古今和歌集」「新勅撰和歌集」の撰者となり,「小倉百人一首」も撰した。「源氏物語」などの古典の書写,校訂にも大きな功績をのこす。仁治(にんじ)2年8月20日死去。80歳。法名は明静。日記に「明月記」,家集に「拾遺愚草」,歌論書に「詠歌大概」など。
【格言など】来ぬ人をまつほの浦の夕凪(ゆふなぎ)に焼くや藻塩(もしほ)の身も焦がれつつ(「小倉百人一首」)
(出典元 日本人名大辞典)
【古今和歌集】
こきんわかしゅう
平安時代前期の最初の勅撰和歌集。 20巻。歌数 1095首余。醍醐天皇の命により,紀友則 ,紀貫之 ,凡河内躬恒 (おおしこうちのみつね) ,壬生忠岑 (みぶのただみね) が撰集にあたった。
(古今和歌集 藤原定家筆)
(後撰和歌集 藤原定家筆)
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