【問題】明治5年(1872)、当時の京都府参事・槇村正直が沈滞する町に活気を取り戻すために拓いた通りはどこか。
(ア)新町通
(イ)新京極
(ウ)新千本通
(エ)木屋町通
京都・観光文化検定試験 第12回 3級 第74問
【正解】
(イ)木屋町通
丸暗記しましょう!
「新京極」は、明治5年(1872)、当時の京都府参事・槇村正直が沈滞する町に活気を取り戻すために拓いた通りである。
■槇村正直
嘉永3年杉田文佐衛門の養子となり、安政元年槇村五八郎満久の養子となる。慶応元年家督を相続し、明治元年上京。京都府に出仕し、議政官史官、権大参事、4年大参事、8年権知事、10年知事に昇進。この間、府の勧業場を設け、舎密局、授産所、養蚕所、製革場などを管理して産業の振興を計った。また、学校、図書館、病院の設立にも尽力。14年元老院議官に転じ、行政裁判所長官などを歴任。
(出典元政治家人名事典)
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