室町時代に御霊社(上御霊神社)で勃発し、以後10年におよんだ争いは?京都・観光文化検定3級過去問

【問題】室町時代に御霊社(上御霊神社)で勃発し、以後10年におよんだ争いは何か。

(ア)鳥羽・伏見の戦い

(イ)山崎の戦い

(ウ)応仁・文明の戦い

(エ)蛤御門の変

京都・観光文化検定試験 第15回 3級 第4問

【正解】

(ウ)応仁・文明の戦い

京都検定3級合格必須の丸暗記文!

室町時代に御霊社(上御霊神社)で勃発し、以後10年におよんだ争いは、応仁・文明の戦いである。

■上御霊神社

出典元ウイキペディア

桓武天皇の時代、各地で疫病が流行していて、これは御霊の祟りであるとして、延暦13年(794年)5月、早良親王(崇道天皇)の御霊をこの地に祀ったのが始めだとされる。

貞観5年(863年)5月20日、平安京の神泉苑で御霊会が催された。この時に慰霊された御霊は崇道天皇(早良親王)・伊予親王・藤原夫人(藤原吉子)・観察使(藤原仲成)・橘逸勢・文屋宮田麿らの六所御霊であった。この御霊会が当社および下御霊神社の創祀であるとしている。

室町時代の文正2年(1467年)1月18日には、失脚した管領の畠山政長が当社境内の森に布陣し、そこに畠山義就が攻め寄せて上御霊神社の戦いが行われた。この戦いは応仁の乱の前哨戦となったことから当地は「応仁の乱発祥の地」とされる。(出典元ウイキペディア)

出典元https://kyoto-tabi.com/goryojinjya/

文正2年(1467)正月18日早朝、この付近、すなわち上御霊神社の森の合戦から、応仁の乱ははじまった。17日深夜、畠山政長は自邸を焼いて一族や奈良の成身院光宣らと兵約二千を率いてここに布陣した。翌18日早朝、政長と畠山家の家督を激しく争っている義就(よしなり)が兵三千余で攻撃をしかけ、18日は終日激しい戦闘が続いた。義就方には朝倉孝景、ついで山名宗全が加勢した。しかし政長方にはたのみの細川勝元がこの段階では動かず、まる1日の合戦ののち、政長方が敗退した。これが、応仁の乱の最初の合戦である。

★類似問題と解説はこちらをご覧ください。

応仁の乱の勃発地は?京都・観光文化検定(京都検定)三級過去問

【アクセス】下鉄烏丸線「鞍馬口」下車、徒歩約5分
市バス(45系統)「烏丸鞍馬口」下車、徒歩約5分

【所在地】京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊堅町495



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