【問題】長谷川等伯と長男久蔵が描いた、智積院にある国宝の障壁画は何か。
(ア)松竹梅図 しょうちくばいず
(イ)桜楓図 さくらかえでず
(ウ)牡丹図 ぼたんず
(エ)紅白梅図 こうはくばいず
京都・観光文化検定験 第11回 3級 第28問
【正解】
(イ)桜楓図 さくらかえでず
丸暗記しましょう!
長谷川等伯と長男久蔵が描いた、桜楓図(国宝)は、智積院にある。
【長谷川 等伯(はせがわ とうはく)】
天文8年(1539年) – 慶長15年2月24日(1610年3月19日)
安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師。
狩野永徳、海北友松、雲谷等顔らと並び桃山時代を代表する画人である。
能登国・七尾の生まれ。20代の頃から七尾で日蓮宗関係の仏画や肖像画を描いていましたが、
元亀2年(1571年)頃に上洛して狩野派など諸派の画風を学び、牧谿、雪舟らの水墨画に影響を受けました。
千利休など天下人・豊臣秀吉に関係する人々と交流し、当時土佐派と並び席巻していた狩野派に強烈な対抗意識を抱きながら画業に尽力し、等伯を始祖とする長谷川派も狩野派と対抗する存在となりました。
金碧障壁画と水墨画の両方で独自の画風を確立し、代表作『松林図屏風』(東京国立博物館蔵、国宝)は日本水墨画の最高傑作として名高く、
長谷川久蔵ら4人の息子も長谷川派の絵師となりました。
【桜図】
金箔をふんだんに使った絢爛豪華(けんらんごうか)な色彩を背景に、力強い桜の大木を描き、そして絵の具を盛り上げる手法を用い、桜の花びらの一枚一枚を大胆に表現しています。
久蔵が二十五歳の時の作といわれています。久蔵はこの翌年亡くなりました。
【楓図】
「桜図」の完成の翌年に亡くなった息子久蔵の突然の死を悲しみ、創作意欲を失いかけましたが、息子の分まで精進しようと自分を鼓舞し、楓図を描き上げたといわれます。
等伯五十五歳の時の作品です
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