【問題】俵屋宗達の作と伝えられる「白象図」や客殿の血天井が有名で、豊臣秀吉の側室、淀殿が父の浅井長政を弔うため、その法号にちなんで建立した寺院はどこか。
(ア)妙法院
(イ)養源院
(ウ)青蓮院
(エ)等持院
京都・観光文化検定試験 第15回 3級 第15問
【正解】
(イ)養源院
京都検定3級合格必須の丸暗記文!
養源院は、豊臣秀吉の側室、淀殿が父の浅井長政を弔うため建立した寺院で「白象図」・血天井が有名である。
■養源院
京都市東山区三十三間堂廻(まわ)り町にある浄土真宗遣迎院(けんごういん)派(もと天台宗)の寺。俗に桃山御殿とよばれる。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。1594年(文禄3)豊臣(とよとみ)秀吉の側室淀殿(よどどの)が亡父浅井長政(ながまさ)の追福のため建立。長政の法名をとって養源院とした。開山は長政の弟清伯(成伯、盛伯とも書く)。その後、火災にあったので、徳川秀忠(ひでただ)の妻崇源院(すうげんいん)(淀殿の妹)が伏見(ふしみ)桃山城の書院を移し、これを再興した。本堂は同じく伏見桃山城の殿舎を移転したもので、1600年(慶長5)8月、石田三成(みつなり)に敗れた鳥居元忠(とりいもとただ)などが自刃した殿舎である。その血痕(けっこん)がついた廊板を天井に使用しているので血天井とよばれる。堂内松の間の襖絵(ふすまえ)12面(「松図」など)と獅子(しし)などを描いた杉戸四枚の絵は俵屋宗達の筆と伝えられ、国重要文化財に指定されている。(出典元日本大百科全書)
■白象図
■俵屋宗達
桃山時代~江戸時代前期の画家。
京都の上層町衆のひとり。烏丸(からすまる)光広や本阿弥(ほんあみ)光悦(1558-1637)らと親交があった。下絵や扇面画の作画工房「俵屋」をいとなむ。みずからも制作。金銀泥を駆使した装飾性のつよい生命感あふれる新様式の画面を創造,また水墨画にもすぐれた作品をのこす。伊年,対青,対青軒の印をもちいた。作品に「蓮池水禽図」「風神雷神図屏風」「関屋澪標(せきやみおつくし)図屏風」など。(デジタル版日本名大辞典デジタル版)
■浅井長政
北近江の戦国大名。久政の子。初め織田信長の妹お市の方をめとり,信長と結んで六角氏を圧倒したが,のち朝倉義景(よしかげ)らと結んで信長に対抗。1570年信長の軍に姉川の戦で敗れ,のち自殺。淀君はその娘。(出典元百科事典マイペディア)
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【アクセス】京阪本線「七条」下車、徒歩
京都市営バス(急行100・206・208系統)「博物館三十三間堂前」下車、徒歩
【所在地】京都市東山区三十三間堂廻り町656